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福岡地方裁判所 平成10年(ワ)4496号 判決

甲事件原告・乙事件参加被告・丙事件反訴原告(以下、単に「原告」という。)

梶原多美子

右訴訟代理人弁護士

酒井辰馬

中山茂宣

杉田邦彦

有岡利夫

甲事件被告・乙事件参加被告(以下、単に「被告」という。)

梶原誠二

乙事件参加原告・丙事件反訴被告(以下、単に「参加人」という。)

大東京火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

瀬下明

右訴訟代理人弁護士

坂東司朗

池田紳

石田香苗

澤田雄三

主文

一  被告は原告に対し、金六六三六万六八四九円及びこれに対する平成一〇年一月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告に対するその余の請求を棄却する。

三  被告の原告に対する別紙交通事故目録記載の交通事故による損害賠償債務は金六六三六万六八四九円を超えて存在しないことを確認する。

四  参加人の原告及び被告に対するその余の請求をいずれも棄却する。

五  参加人は、甲事件において、原告の勝訴が確定した場合、原告に対し、金六六三六万六八四九円及びこれに対する平成一〇年一月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

六  原告の参加人に対するその余の請求を棄却する。

七  訴訟費用中、甲事件について生じたものは被告の負担とし、乙事件及び丙事件について生じたものは参加人の負担とする。

八  この判決は、第一項及び第五項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  甲事件

1  請求の趣旨

(一) 被告は原告に対し、六九六六万六八四九円及びこれに対する平成一〇年一月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

(三) 仮執行宣言

2  請求の趣旨に対する答弁

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

二  乙事件

1  請求の趣旨

(一) 被告の原告に対する別紙交通事故目録記載の交通事故(以下「本件事故」という。)による損害賠償債務(以下「本件債務」という。)が存在しないことを確認する。

(二) 参加による訴訟費用は原告及び被告の負担とする。

2  請求の趣旨に対する答弁(原告被告両名)

(一) 参加人の請求を棄却する。

(二) 参加による訴訟費用は参加人の負担とする。

三  丙事件

1  請求の趣旨

(一) 参加人は、甲事件において、原告の勝訴が確定した場合、原告に対し、六九六六万六八四九円及びこれに対する平成一〇年一月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は参加人の負担とする。

(三) 仮執行宣言

2  請求の趣旨に対する答弁

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  甲事件

1  請求原因

(一) 事故の発生

梶原浩之(以下「浩之」という。)と梶原ゆみ(以下「ゆみ」という。)を当事者として、平成一〇年一月七日、本件事故が発生した。

(二) 責任原因

浩之は、事故現場の道路を、同乗者を伴って自動車にて走行するに際して、対向車線に飛び出すようなことがないよう、運転操作に気をつけて安全に走行しなければならない注意義務があったにもかかわらず、これを怠り、運転操作を誤って対向車線に飛び出した過失により、本件事故を惹起しているのであるから、民法七〇九条に基づき、同乗者であるゆみが被った損害を賠償すべき義務を負う。

(三) 損害

本件事故により、ゆみは外傷性クモ膜下出血及び脳挫創等の傷害を負い、平成一〇年一月七日、死亡した。

それによる損害は、以下のとおりである。

(1) 治療費等 八万九三三〇円

本件事故後、ゆみが受けた治療等にかかった費用の合計は八万九三三〇円であった。

(2) 葬儀費 九一万五九二五円

本件事故により、ゆみ及び浩之が死亡したため、両名の遺体は福岡から実家のある岡山まで霊柩車にて送られ、岡山市において合同の葬儀が行われた。

これらの費用は合計で一七七万一八五〇円であるから、ゆみのためにかかった費用は、その二分の一にあたる八八万五九二五円である。また、ゆみの火葬にかかった費用は三万円であるから、ゆみの葬儀費用は総計で九一万五九二五円である。

(3) 死亡慰謝料 二三〇〇万円

ゆみが死亡したことによる本人及び遺族の精神的苦痛に対する慰謝料としては、本件訴訟に至った経緯・事情にも鑑みると、二三〇〇万円を下らない。

(4) 逸失利益 三九三六万一五九四円

ゆみは、本件事故による死亡当時、福岡教育大学三年に在学中の満二二歳の大学生であった。

したがって、平成一〇年度版賃金センサス第一巻第一表(産業計、企業規模計、大卒女子労働者全年齢平均賃金額)に基づき、生活費を五〇パーセントの割合で控除した上、ライプニッツ方式(就労時の年齢である満二四歳を基準とするライプニッツ係数17.5459)により中間利息を控除して、ゆみの逸失利益を算定すると、次のとおり、三九三六万一五九四円となる。

448万6700円×50パーセント×17.5459=3936万1594円

(5) 弁護士費用 六三〇万円

原告は、原告代理人との間に、本件訴訟の報酬として、福岡県弁護士会報酬規定に基づき、六三〇万円を支払う旨約した。

(四) 相続

本件事故により、浩之も死亡したが、原告は、平成一〇年四月三日福岡家庭裁判所に対し、浩之につき相続放棄の申述をし、同年五月一四日これを受理された上、ゆみを相続し、一方、被告は、同年四月三日同裁判所に対し、ゆみにつき相続放棄の申述をし、同年五月一四日これを受理された上、浩之を相続した。

なお、ゆみの死亡は、浩之の死亡よりも後であった。

(五) よって、原告は被告に対し、本件事故による損害賠償請求権に基づき、六九六六万六八四九円及びこれに対する本件事故発生の日である平成一〇年一月七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求原因に対する認否

(一) 請求原因(一)、(二)は認める。

(二) 同(三)中、(1)、(2)及び(4)のうち、ゆみが本件事故による死亡当時福岡教育大学三年に在学中の満二二歳であったことは認め、その余は不知。

(三) 同(四)は認める。

二  乙事件

1  請求原因

(一) 原告は、本件訴訟において、被告が原告に対し本件事故による六九六六万六八四九円の損害賠償債務(本件債務)を有すると主張している。

(二) よって、参加人は、原告及び被告との間で、右債務が存在しないことの確認を求める。

2  請求原因に対する答弁(原告被告両名)

請求原因(一)は認める。

3  抗弁(原告)

(一)ないし(四) それぞれ甲事件請求原因(一)ないし(四)と同旨

4  抗弁に対する認否

(一) 抗弁(一)は不知。

(二) 同(二)は不知ないし争う。

(三) 同(三)のうち、ゆみが死亡したことは認め、その余は不知。

原告は、加害者である浩之の実母であり、浩之の不法行為によって発生したゆみの死亡という結果に対し、精神的苦痛の慰謝料を要求できる立場にない。さらに、ゆみについて搭乗者保険五〇〇万円を受領済みであることを考慮すると、原告の慰謝料請求は否定されるべきである。

(四) 抗弁(四)は不知。

5  再抗弁

(一)(1) 一つの不法行為から発生する損害賠償請求権は、債務者側から見れば、損害賠償債務そのものであるが、その発生時から、同一人が、債権者的立場と債務者的立場を併せ持つ場合には、債権債務の発生自体を観念できない。言い換えれば、債権者的立場と債務者的立場が混同的に発生する場合には、債権(債務)自体が、もとより、発生しないものというべきである。

(2) したがって、右の立場にある相続人が、加害者の地位につき、相続を放棄したとしても、前記のとおり、もとより、存在しない損害賠償請求権を取得するいわれはないのである。

(3) 本件において、原告は、加害者である浩之と被害者であるゆみを共に相続しているのであるから、仮に、原告が、浩之の地位を相続放棄したとしても、ゆみの地位を相続放棄した被告に対し、損害賠償債権を取得することはできない。

(二) 権利濫用

仮に右(一)が認められないとしても、原告は、保険金取得を目的として、一つの交通事故から発生した表裏一体の債権債務のうち、債権のみを相続し、債務について相続放棄したのであるから、右相続放棄は、権利濫用にあたる。

(三) 無償同乗減額・過失相殺

仮に右(二)が認められないとしても、本件事故による損害は以下の理由により減額されるべきである。

(1) 本件事故は、ゆみと浩之が一緒に食事をした後、訴外ゆみの自宅に戻る途中で発生したものである。浩之は飲酒しており、一緒に食事をしたゆみは、そのことを十分に分かっていながら、浩之運転車両(以下「本件車両」という。)に乗り込んだものである。

(2) ゆみは、シートベルトを装着していなかった。

6  再抗弁に対する認否(原告被告両名。ただし、(一)、(二)は原告のみ。)

(一) 再抗弁(一)は認否ないし争う。

(二) 同(二)のうち、原告が保険金取得を目的として相続放棄をしたことは認め、その余は否認する。

相続人の損得勘定により決せられる相続放棄の制度が認められている以上、それによる若干の不都合は、その前提として社会的に承認されているものというべきで、保険金取得という経済的利益を目的に相続放棄をすることを一律に社会的に不当と断じることは不可能である。

保険会社である参加人は、本件事故の当事者が兄妹ではなく、あるいは、いずれか一人でも死亡せずにすんでいれば、保険金を支払うことにより、本件事故によるリスクを担保しなければならない立場にあったのであって、真面目に生活しながら愛情をもって子供を育ててきたにもかかわらず、一瞬の交通事故という社会生活におけるリスクにより、この子供を失った親が、たまたま加害者も自らの子供で、しかも加害者に当たる子供までも死亡した、という偶然にして最悪の事情を理由に、保険によるリスク担保を受けられなくなるというのでは、社会的に見て明らかに不合理であって、その不合理を回避するために相続放棄の制度を利用することが権利の濫用となるはずがない。

したがって、参加人の権利濫用の主張は失当である。

(三) 再抗弁(三)(1)、(2)は不知。

三  丙事件

1  請求原因

(一)ないし(四) それぞれ乙事件抗弁(一)ないし(四)(甲事件請求原因(一)ないし(四))と同旨

(五) 浩之は、本件事故当時、参加人との間に、参加人が、保険証券記載の自動車である本件車両の使用等に起因して他人の生命を害することにより、被保険者である浩之が損害賠償責任を負担することによって被る損害を填補する義務を負う旨の自家用自動車総合保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結していた。

(六) 被告には、本件保険契約に基づく保険金請求権以外には、原告の甲事件の損害賠償請求権を満足させるに足りる財産はない。

(七) よって、原告は、参加人に対し、被告の参加人に対する保険金請求権の代位行使として、甲事件において原告の勝訴が確定した暁には、本件事故に基づく損害賠償金六九六六万六八四五円及びこれに対する本件事故発生日である平成一〇年一月七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。

2  請求原因に対する認否

(一) 請求原因(一)ないし(四)に対する認否は、それぞれ乙事件抗弁(一)ないし(四)に対する認否と同旨

(二) 請求原因(五)は認める。

(三) 請求原因(六)は不知。

3  抗弁

(一)ないし(三) それぞれ乙事件再抗弁(一)ないし(三)と同旨

4  抗弁に対する認否

抗弁(一)ないし(三)に対する認否は、それぞれ乙事件再抗弁に対する認否(一)ないし(三)と同旨

第三  証拠関係

証拠関係は、本件記録中の証拠目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第一  甲事件及び乙事件について

一  便宜上まず乙事件について判断する。

1  請求原因(一)の事実は、当事者間に争いがない。

2  証拠(甲口一ないし三、弁論の全趣旨)によれば、抗弁(一)の事実が認められる。

3  証拠(甲口一ないし三、弁論の全趣旨)によれば、抗弁(二)の事実が認められる。

4  抗弁(三)(損害)

証拠(甲口三、弁論の全趣旨)によれば、抗弁(三)冒頭の事実が認められる(ゆみが死亡したことは、当事者間に争いがない。)。

(一) 治療費

証拠(甲口四の1、2、弁論の全趣旨)によれば、抗弁(三)(1)の事実が認められる。

(二) 葬儀費

証拠(甲口五の1、2、五の3の1及び2、五の4、5、弁論の全趣旨)によれば、抗弁(三)(2)の事実が認められる。

(三) 死亡慰謝料

ゆみの死亡慰謝料としては、ゆみの年齢その他本件にあらわれた諸般の事情を考慮して、二〇〇〇万円と認めるのが相当である。

右認定に反する参加人の抗弁に対する認否(三)の主張は、ゆみの死亡慰謝料は、本来ゆみが浩之に対して有する慰謝料請求権であること及び搭乗者保険五〇〇万円の給付がされたからといって、ゆみの慰謝料請求権が消滅するとは認められないことに照らし、採用することができない。

(四) 逸失利益

証拠(甲一〇の1、2、弁論の全趣旨)によれば、抗弁(三)(4)の事実が認められる。

(五) 弁護士費用

本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としては、本件事案の性質、内容、審理の経過、認容額等に鑑み、六〇〇万円と認めるのが相当である。

5  証拠(甲口二、三、六、七及び八の各1、2、弁論の全趣旨)によれば、抗弁(四)の事実が認められる。

6 再抗弁(一)の主張は、原告が浩之とゆみの相続人であることを前提とすると解されるところ、抗弁(四)のとおり、原告は浩之につき相続を放棄しており、民法九三九条により、浩之の相続開始時から相続人ではなかったものとみなされるから、再抗弁(一)の主張は、その前提を欠くか、あるいは民法九三九条と相容れない独自の見解に基づくものというべきであって、採用できない。

7 証拠(甲口七、八の各1、2、弁論の全趣旨)によれば、再抗弁(二)のうち、原告が保険金取得を目的として相続放棄をしたことが認められるが、相続の放棄は、本来、相続放棄をしようとする者が自由にこれをすることができるから、たとい原告が被告と合意の上、参加人からの保険金取得を目的として浩之につき相続の放棄をしたとしても、それだけで原告の相続放棄が、権利の濫用に該当するとは認められず、他にそのように認めるに足りる証拠はない。

8  再抗弁(三)については、本件事故当時、浩之が飲酒運転をしていたと認めるに足りる証拠はなく、また、ゆみがシートベルトを装着していなかったと認めるに足りる証拠もないから、再抗弁(三)は採用できない。

9  よって、参加人の請求は、原告及び被告に対し、被告の原告に対する本件債務は六六三六万六八四九円を超えて存在しないことの確認を求める限度で理由があり、その余は失当である。

二  甲事件について

1  請求原因の(一)ないし(四)に対する判断は、前記一2ないし5のとおりであり、参加人の乙事件再抗弁(一)ないし(三)の主張が認められないことは、前記一6ないし8のとおりである。

2  また、原告の請求が公序良俗に反すると認めるに足りる証拠はない。

3  よって、原告の請求は、被告に対し、本件事故による損害賠償として六六三六万六八四九円及びこれに対する本件事故発生日である平成一〇年一月七日から支払済みまで民法所定の年五分の遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は失当である。

第二  丙事件について

一  請求原因(一)ないし(四)に対する判断は、前記第一の一2ないし5のとおりである。

二  請求原因(五)の事実は、当事者間に争いがない。

三  弁論の全趣旨によれば、請求原因(六)の事実が認められる。

四  参加人の抗弁(一)ないし(三)の主張が認められないことは、前記第一の一6ないし八のとおりである。

五  よって、原告の参加人に対する請求は、参加人に対し、甲事件において、原告の勝訴が確定した場合、保険金六六三六万六八四九円及びこれに対する本件事故発生日である平成一〇年一月七日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があり、その余は失当である。

第三  結論

よって、甲事件につき、原告の請求を前記第一の二3で理由があると述べた限度で認容し、その余を棄却し、乙事件につき、参加人の請求を前記第一の一9で理由があると述べた限度で認容し、その余をいずれも棄却し、丙事件につき、原告の請求を前記第二の三で理由があると述べた限度で認容し、その余を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条を、仮執行宣言につき同法二五九条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官・田中哲郎)

別紙交通事故目録〈省略〉

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